島田紳助の分析「なぜヨン様は日本で受けたか」

日本の芸能界がおばちゃん方に対して一切無視してるからですよ。おばちゃんたちが見たいドラマやテレビをつくらない。だからおばちゃんたちは見るものがないんですよ。初めて相手にしたのがあのペーさん(ペ・ヨンジュン)や。美味しい商売ですわ。考えたら日本の芸能界がほったらかしにしたおばちゃんを独り占め。おばちゃんたちはわかりやすい純愛ドラマを見たいんですよ、あんなんが。ほんだらバーッ売れた。メチャもうかる。もうかるヨンさん笑う(微笑み)。笑うと日本のおばちゃんキャー言う。もうかる。笑う(微笑み)。また売れる。(島田紳助)

-その笑いでしたか(羽鳥アナ)

そうです、ヨン様関西空港来たとき、ワイドショーやってましたやん、おばちゃんがキャーってヨン様グッズいっぱい買うてんねん。ヨンさんまたもうかる。笑う(微笑み)。(島田紳助)

YouTube - 1分間の深イイ話 - ヨン様 - 島田紳助による分析

2003年にNHKのBS2で放映された時分だったかな、それともその年末の再放送の時分だったか、うちの親父が言うんです。「Aさんが嵌っててね、冬ソナに。」と。どうやら麻雀を打ってた際に数回薦められたとか。

その際はスルーしていた母親がなにやら現在、NHK BSで再放送されているそれに嵌っているというのです。

うちの母親(現在62歳)も90年代はドラマ(国内の)をよく見ていた記憶があるんですけどね。確か以前好きなドラマは?と聞いたときに「ロング・バケーション」「ビューティフル・ライフ」、「青い鳥」あたりを挙げていました。

それらの各回につけられたタイトルを表にしてみると面白いことが浮かび上がってきます。

ロング・バケーション
第1話 なんだよ!この女
第2話 彼女の涙
第3話 彼の純情
第4話 君の噂
第5話 愛の告白
第6話 KISS
第7話 眠れぬ夜
第8話 別れの朝
第9話 瀬名の涙
第10話 最後の恋
最終話 神様のくれた結末
ビューティフル・ライフ
第1話 車イスの恋
第2話 二人の夢
第3話 キスの夜
第4話 会いたい
第5話 冷たい雨
第6話 恋敵
第7話 心の距離
第8話 真実
第9話 君の命
第10話 恋しくて
最終話 未来へ
青い鳥
第1話 許されない愛
第2話 秘密の絆
第3話 炎の夜
第4話 逃避行
第5話 幸せのある場所
第6話 黒い影
第7話 終着駅
第8話 再会
第9話 新たなる旅
第10話 運命の愛
最終話 永遠の愛

なんといってもタイトルが直球、「愛」を語ったものであることがわかります。島田紳助の言うところの「わかりやすい純愛ドラマ」の特徴を備えています。僕もこれらのドラマは見ていたのですが、わかりやすいながらも、登場人物やストーリーに魅力があり、楽しんでいた記憶があります。

一方最近の国内ドラマは視聴率が落ちているといわれています。その凋落の理由として、ネット上では以下のような意見が挙げられています。

37 名前:名無しさんは見た!@放送中は実況板で[] 投稿日:2009/02/04(水) 15:13:15 ID:7jXa4KF20

脚本家が育たなくなった原因のひとつが、
人気小説や人気漫画原作に頼り過ぎたことだと思う。
ガリレオですら人気小説が原作だし。
ぶっちゃけ言えばNHKの大河だって原作付きだ。
NHKは作りが丁寧だからまだましだが。

最近のドラマはつまらなくなった
http://dubai.2ch.net/test/read.cgi/tvd/1233552298/

こんな声も。

177 名前:名無しさんは見た!@放送中は実況板で[sage] 投稿日:2009/05/14(木) 18:34:13 ID:bmhucWYLO

「低視聴率~」ってスレ多いし、結局ドラマ全体が見る人減ってるだけだよな。
別に役者だけの所為ってことはないと思う。

ドラマ全体、ひいてはTVが以前より見られなくなっているというのは、ネット、ケータイの存在が大きいと言われてますね。

ただ相対的にTVのコンテンツとしての価値が下落したのでしょうか。それとも絶対的にクオリティが落ちてしまったのでしょうか。

278 名前:名無しさんは見た!@放送中は実況板で[sage] 投稿日:2009/07/04(土) 02:22:04 ID:5Rv0DB3x0

私にとっては、ドラマがつまらなくなってるように感じる。

でも、それが客観的に判断して「ドラマが以前よりつまらなくなっている」のかどうかが、私にはわからない。

ケータイやネットなどの娯楽とは関係の無いところにいる(ように見える)おばちゃんの間で国内ドラマが見捨てられ、彼女らの幾らかは韓流に奔った。そんな安易な話なのでしょうか。次段では「おばちゃん」とは少し関係ない僕達のことについて話を移そうと思います。

「テレビ」という劇場が消失した現在、そして未来まで

僕らは今まで「テレビ」っていう劇場を持っていた。極端に言えば、番組というテープを納品すれば、それをお客さんが300万人とか500万人とか、場合によっては何千万人もいるようなところで自動的にかけられるシステムがあった。(土屋敏男/日本テレビ)

CONTENTS FUTURE ポストYOUTUBE時代のクリエイティビティ

僕の10代の頃はコミュニケーションの肴にはとんと困らなかった記憶があります。大抵クラスでは夜7時~9時代のTV番組のことを押さえておけば事足りたからです。

しかし今のインターネットではコミュニケーションそのものが目的化してその肴が不足しているようにも感じられます。SNS、Twitter、メール、blog。みなコミュニケーションのためのツールですがそのもの自体がコンテンツとはなりえてなく、なるためには十分な力を備えているとはいえないのではないでしょうか。

話の上手な人と下手な人がいます。

面白いblogを書く人と書けない人がいます。

それぞれの前者は例えコミュニケーションの肴に不足していても、無から有を生み出し、形の無いところから形を生み出すことが出来ます。なんてことない街角のスナップ1枚、なんてことの無い日常のネタから内容(コンテンツ)を生み出すことが出来ます。

でもやっぱり割合としては後者(話べた、面白いblogの書けない人)が圧倒的に多いです。

やっぱり共通の話題がほしい。

そんな人達が存在する限りTVの役割、存在感は減少の途を辿ろうともゼロになることは無いのだと思います。人々のコミュニケーションの肴を提供するpub(居酒屋=public house)としての役割を徹することが出来れば。TVが本来のメディアとしての機能・役割に純粋化されていけば。今までと変わらずTVは社会の重要なhubの1つとして存在し続けていけるだろうと僕は思います。

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